会計士で過ごす

2、3ヵ月も契約がとれなければ、さっさと業界を後にする人間のほうが多かった。 だが、Nはここであきらめなかった。
「時には、自分は営業には向いていないのかな、と落ち込むことはありましたけどね。 でもまあ、大器晩成ってこともあるし、とか、石の上にも3年、というじゃないか、と自分で自分を励ましたりしてました」Nはこういって、テレくさそうに笑う。

向かないどころの話ではない。 結果が出ないときにも、こうやって自分を立て直せる。
それこそ、営業に必要な最高の適性ではないか。 それを証明するように、Nは、このころ、絶えず、自分の営業ノウハウを省みては、知らず知らず、営業マンとしてのスキルを磨いていたのである。
「自分になにが欠けているのか。 それは毎日のように考えました」まだ、20歳そこそこの若者にすぎない。
だが、Nは、本来、凡庸な器ではない。 やがて、自分の営業トークは自分が酔いしれたようにしゃべりまくるだけだと気がついた。
お客さまの思いやニーズを聞き出していない。 これでは、お客さまの思いにかなう物件を提示できるわけがない。
そう気がつくと、Nは、一転して、聞き役に徹する営業へと方針を転換した。 その成果がついに実を結んだのは、入社から半年近くたったある日のことだった。
「忘れもしません。 大森のマンションを、共働きのご夫婦が購入してくださったんです」契約金額は2400万円。
契約が済むと、顧客の夫婦は、「ありがとうございました。 お世話になりました。

これからもよろしくお願いいたします」と頭を下げた。 不動産の仕事とはすごいものだ。
Nは感動した。 まず、2400万円という大きな金額のビジネスを自分でまとめ上げた。
その事実に興奮していた。 「契約が決まった瞬間は、震えがくるくらいの快感があります。
これは、ビジネスの規模が大きくなったいまも、まったく変わりはないですね。 それまでの苦労や疲れなど、一気に吹き飛んでしまいます」そのうえ、お金を支払った顧客が、感謝してくれ、深々と頭を下げてくれるのだ。
その事実が、Nをいっそう高揚させた。 顧客にしてみれば、一生に何回もない、大きな買い物だ。
ローンを組めば、20年、30年と途方もない長い間、その物件にかかわりつづけることになる。 買ったとたん、大きな喜びと同時に、それと同じだけの不安に襲われるのが、不動産という″買い物″の特徴だろう。
だからこそ、人と人の信頼関係を築くことが重要なポイントとなってくる。 Nは、ここで、そのビジネスの要諦ともいえることを身をもって学び取ったのだった。
営業の真髄をつかむ入社後、初契約まで、半年近くを要する……。 はっきりいって、Nは遅咲きだった。


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